色の好みも同じ? 一卵性双生児の不思議
私は過去に一度、一卵性双生児の方々の色彩心理診断をしたことがあります。
恵美さん(仮名)真美さん(仮名)といって、当時21歳の心理学を専攻する大学生でした。ふたりは親でも見分けがつかないほどの、そっくりな姉妹で、その容姿だけでなく食べ 物、音楽、趣味のあらゆるものの好みが同じ、また病気をする時も、怪我をするタイミン グもほとんど一緒という、一卵性双生児の中でも特に激似の「スーパーツインズ」でした。
ふたりは幼い時からお揃いの服を着せられ、同じものを持ち、まったく同じ環境で育ちました。
両親も自分たちも「何から何まで同じであること」に、疑問を持たずに暮らしてきたそうです。ところが2〜3年前、ふたりが大学に通うようになってから、自分たちがそっくりであり過ぎることに、疑問を持ち始めたと言います。
ふたりは心理学に大変興味があり、カウンセラーを目指すために現在の大学、現在の学科を選びました。心理学というジャンルは「個人」を深く追求する学問です。学びが進むほど、「固有の人格を持たない自分たちは、いったい何なのだ?」と思うようになったと言います。
ちょうど時期的に、年齢的に、アイデンティティを確立しようとする時期だったのでしょうか。ふたりは意識して「自分は自分」という気持ちを持とうと努力を始めました。
意識的に違う服を着たり、異なった趣味を持ったり、ヘアスタイルやお化粧法を変えたり、友人をあえて変えたり……。
ところがふたりのシンクロニシティ( synchronicity・共時性)は、いくら努力をしても、収まるどころかますます強くなったように思える……ということでした。
結局ふたりは「あえて不自然なこと」に挑戦するのはあきらめ、「スーパーツインズ」の運命を受け入れる覚悟をしたそうです。そして、それならば……ということで、徹底的にふたりの「シンクロする点と、微妙な相違点」を研究しようということになりました。
恵美さんと真美さんは、自分たちのことをテーマにした卒論を書こうと決めたそうです。特に心理面を中心に研究を重ね、その実験テーマのひとつとして、「色彩心理診断」を選んだという訳なのです。
私と恵美さんと真美さんは、どのように色彩心理診断を行うか、時間をかけて打ち合わせをしました。そして、以下のような手順で進めることが決まったのです。
(1)最初に診断を個別に行う。
その結果が、どの程度似ているのか。また似ていない点はどんな部分なのかをチェックする。
(2)次に、サプリメントカラーを提案する。
一定期間サプリメントカラーを試した後に、個別診断を行う。
サプリメントカラーとは、潜在意識に影響を与え、心や行動に変化をもたらす効果を持つ色のことです。
通常は、色彩心理診断を行った後に、その人のために必要と思えるサプリメントカラーを 選びます。
その色を、カーテンや小物などで常に目に入るよう身の周りに配置します。あるいはその 色の服をできるだけ多く着てもらいます。
ふたりと相談をし、実験期間は2週間と決まりました。この実験は、私個人にとっても大変興味深いものです。私はふたりに無償での協力を申し出ました。
RAYS色彩心理診断には、現在5種類の方法があります。持って生まれた性格や、生理的な面でのざっくりした個性を診るものから、今現在の体調 や気分、生活環境、人間関係などを細かく診るものまで、様々な種類、レベルがあります。
私は、一卵性双生児の恵美さん、真美さんの今回の色彩心理診断実験には、15色で診断する「15カラーズ診断」と、2色の組み合わせで診る「ペアカラー診断」の、2種類の方法を選びました。
500枚近くのカードを使う「フル診断」は、今回はあえて避けました。
「フル診断」では、あまりにも細かい情報が表れ過ぎて、今回の実験には向かないと思っ たからです。
「フル診断」では、微妙な心の揺れや、体調の変化も表れますので、同じ人間でも、受けた日が異なると、診断結果が大きく違ってくることもあります。
「15色診断」や「ペアカラー診断」は、比較的シンプルな診断法ですので、その人固有の人格がより明確に表れるのです。
私は、恵美さん、真美さんを個別に診断を行いました。そして、やはり最初に想定していた通り、おふたりの診断結果は、一部をのぞいてほとんどが一致していました。
「15色診断」や「ペアカラー診断」は、持って生まれた性格や、生活環境が色濃く表れる診断法ですので、一卵性双生児の場合、そっくりになるのは当然のことといえるでしょう。
結果が異なっていたのは、「社会意識」を表す部分でした。ひとりが社会に対して関わりを強く持ちたいという積極的な意志を持っていたのですが、もうひとりはかなり控えめな 意識を持っていました。 この「社会意識」の部分は、同じ人間でも時期によって診断結果は異ります。
一人の人間でも、たとえば自分の仕事がうまく運んだり、人とよい関係を築いたりすれば「社会意識」も高くなり、積極性も増します。
また、仕事がうまくいかなかったり、人間関係に苦しんだりしていれば、当然のごとく「社会意識」は低くなります。ですので、私としては、ふたりの結果が違っていても当然......と感じましたし、これは想定内のことでした。
ところが、この結果に、恵美さん、真美さんは大変驚きました。どうやらふたりが想像していた以上の、違いすぎる結果が出たようです。
ふたりはふだんほとんど同じ環境で生活し、人間関係も共有部分が多く、以前のような 「固有のアイデンティティ」を求めるような行動はしていないそうです。
それなのに、「社会意識」がここまで違うのは、不思議だ......というのです。ふたりは100%とはいわないまでも、95%以上の一致を想定していたようでした。
次の実験は、「サプリメントカラーの処方」による効果測定でした。「サプリメントカラーの処方」とは、その人にとって必要な「意識を変えさせる効果」のある色を身の回りに配置することです。
たとえば、何事にも気力が湧かない人に対しては、気力が湧きやすい色の服を着る、小物を持つといったことで、常にその色が自分の視界に入るようにします。 潜在意識に少しずつ働きかけることを目的とした、いわゆる色による療法です。
私は、恵美さん、真美さんにそれぞれ異なった色を処方することにしました。
「社会意識」に積極性を見せた恵美さんには、少し沈静化する色を、消極性を見せた真美さんには、アクティブな色を提案しました。
それぞれが異なる色をサプリメントカラーとして取り入れた場合、ふたりの違いは少なくなるのか、それともまったく効果がないのか......それが次の実験の目的でした。
ところがここで、私たちは頭を抱えてしまうことになりました。 と、いうのは......
女性の場合、サプリメントカラーの最も効果の高い配置法は、その色を洋服として身につけることです。自分がふだん着ない色を着る、ということが少しずつ意識に影響をし、心理状態が変わってくることを狙うものなのです。
ところが、恵美さん、真美さんは毎日ほとんど一緒にいるので、この方法が使えません。
つまり相手の着ている服の色が、嫌でもしょっちゅう目に入ってしまうので、サプリメン トカラーの厳密な効果を期待できないのです。
そこで私たちは、いろいろ作戦を考えました。お互いに相手には見えない場所で、持ち物の色を変えてみたらどうか。下着にその色を着るなら、見えないのではないか。壁一面に色紙を貼って、毎晩別々に、自分の色を眺めてから眠ったらどうか......など。
ですがどの方法も現実的ではなく......私たちは行き詰まってしまったのです。
サプリメントカラーは、身の回りに特定の色を配置することによって、心理的な変化をもたらすものです。人それぞれの個性によって、サプリメントカラーは異なり、またその人の体調によっても必要な色は異なります。
私は、「社会意識」に積極性を見せた姉の恵美さんには青を、消極性を見せた妹の真美さんには赤を処方しました。
ところが、生活を24時間共にする一卵性双生児の場合、異なる色の処方をしても、相手の色が視界に入ってしまうので、実験効果があまり期待できません。
私たちはさんざん悩んだ結果、あるユニークな方法を考えだしました。それは「色メガネ」をかけることでした。
卒論のための大事な心理実験なので、少々突飛な方法でも構わないという姉妹の提案で、私たちは、色セロファンを張った紙製のメガネを作ることにしました。
恵美さんには青のセロファンを張ったメガネを、真美さんには赤のセロファンを張ったメガネを、1日のうちに1時間だけ、このメガネをかけて過ごしてもらうのです。
こうすれば、お互い相手のメガネの色は視界に入りますが、その影響はごくわずかなもの です。その一方で、メガネの内側から見る世界はその色1色......。大きな心理効果が期待 できます。
これ以上に効果的な方法はないように思えて、このアイディアに到達した時は、皆思わず歓声をあげてしまいました。
翌日、「色メガネ」を作るために、薄いボール紙と色セロファンを持って、恵美さん真美さん姉妹が私のところを訪れました。
こういった工作は、私の得意とするところです。私は自分の使っているサングラスの形状を元に、簡単な紙製のメガネを作成しました。出来上がりもなかなかのものでした。
思わぬ工作の楽しさに、ふたりは大喜び。この頃は、まだスマホは普及していませんでしたが、もし彼女たちがスマホを持っていたら、それぞれメガネをかけたお互いを写真に撮って、インスタグラムにアップしていたかもしれません。
実験期間は2週間。いつ、どこで、どのくらいの時間使ったかを記録し、2週間後には再び私のオフィスで、色彩心理診断を受けること。危険を避けるために、メガネは必ず室内だけで使うこと。体調に影響することを避けるため、決して長時間は使わないこと。そういった手順を決めて、姉妹は帰っていきました。
ところが......。
この「色メガネ」の実験は、2週間の時を待たずに中止となってしまったのです。
なぜなら、メガネを使い出して1週間後あたりから、赤のメガネをかけた真美さんに、偏頭痛が出るようになってしまったのです。
ふたりは最初、メガネの使用を1日1時間と決めていました。ですが、より大きな効果を期待して、ふたりで打ち合わせをし、メガネの使用時間を伸ばしたのです。
最初の日は、夜眠る前に1時間だけかけていました。翌日には朝起きてすぐにかけ、また 昼間、大学の授業中にもかけるようになり、日を追うごとにメガネをかける時間が長く なっていったといいます。
「少々やり過ぎてしまったみたいで......。そうしたら昨日あたりから、メガネをかけると頭痛がするようになったんです」と、電話で真美さんは語りました。この話を聞いた私は、即座に中止を申し入れました。そして、ふたりに再びオフィスにきてもらうようにお願いしたのです。
メガネを取れば真美さんの偏頭痛が収まるとのことでしたので、私はふたりと話し合い、このまま中止してもらうことにしました。
ふたりは続けたいようでしたが、たとえ1週間でも、実験を行ったことには違いありません。現段階で色彩心理診断を再度受けてもらう......ということで、納得してもらいました。
そして、色彩心理診断の結果は......。
青のメガネを使った姉の恵美さんに、変化はありませんでした。社会に対する積極性も以前のままで、多少意識が沈静化する傾向は見えましたが、変化というほどのものではあり ません。
一方、赤のメガネを使った真美さんは、社会意識が明らかに変化し、姉の真美さんに近い状態を示しました。つまり、社会に対して積極性がある......というのは、ふたりの「常態」だということが、この結果からわかりました。
真美さんの診断結果に変化があったことで、ふたりは実験効果が出たと喜んでいましたが、私から見ますと、成功とは言えないレベルでした。
この程度の変化であれば、何の処置もしなくても起き得る範囲だからです。
人の意識は、様々な出来事に出会うたびに変化します。中には、その時の気分で、価値観が真逆になってしまう人もいます。
ですが恵美さん、真美さん姉妹にとっては、今回の実験はかなり価値のあることだったようです。
最初の色彩心理診断で異なる結果が出たこと。赤いメガネをかけた真美さんに偏頭痛が出て、青いメガネの恵美さんには出なかったこと。1週間後の色彩心理診断では、ふたりの診断結果がほぼ同じになったこと......。
ただ、今回の実験で、心理診断こそ大きな収穫はありませんでしたが、私も1点だけ驚いたことがあります。それは、これまでピッタリ一致していたふたりの「生理の周期」が、この「色メガネ」生活によってずれたことでした。
赤メガネをかけた真美さんは、生理が予定より3日早く訪れ、青メガネをかけた恵美さんは、1日程度遅れたそうです。
ふたりは、「心理状態は、身体のメカニズムに影響する」という形で論文に記載する...... と喜んでいましたが、この事実が、はたして心理学の卒論にふさわしいかどうか、疑問が 残るところです。
ですが、「心と身体にとって、色の影響力がどれほど大きいか」を改めて確認できた、私にとっては……大変貴重な体験となったのです。
(文責/佐野みずき)